ビシっと決まった超ビジネスマンの人たちが早朝の美術館に足を運ぶワケ
先日の「ビジネス茶道(特別編)」で茶懐石料理と、それにまつわる講座をご提供くださった中尾先生。とにかく学びになることをたくさんおっしゃっていたのですが、その中でも特に印象的だったお言葉があります。
「迷った時は、美しい方を選ぶことです。」
中尾先生のこのお言葉、現代に働く私たちにとって、とても大切な言葉なのではないかと心底共感しました。
というのも最近、尊敬する友人の一人が勧めてくれた
山口周氏の“世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?”という本にも全く同じことが書かれていたからです。
今、イギリスの美術系大学院大学(ロイヤルカレッジオブアート/以下RCA)が「グローバル企業の幹部トレニーング」を実施し、これまで考えられなかった意外なビジネスを展開しています。自動車のフォード、カード会社のVISA、製薬会社のグラクソ・スミスクラインといった名だたるグローバル企業の次期幹部候補のビジネスマン達が、このRCAの用意しているエグゼクティブ向けのプログラムに参加しています。
世界的に有名な美術大学とグローバル企業の幹部の組み合わせというのは、これまであまり連想されるものではありませんでした。しかし、このような取り組みは10年ほど前から見られるようになり、今では世界的にトレンドになりつつあるようです。先進的なグローバル企業において、MBAで学ぶような「数字」「理論」を分析・追及するスキルよりも、美術大学で学ぶようなスキルの重要性が高まっているという記事が2008年に「MFA=芸術学修士は新しいMBAである」と題したタイトルでハーバードビジネスレビューに掲載されいています。
ニューヨークのメトロポリタン美術館で実施されている早朝のギャラリートークにも変化が見られると、本書は書いています。以前は旅行者と学生の参加者がほとんどだったのが、ここ最近ではスーツ姿の知的なプロフェッショナルの人たちの姿を見かけるようになったのだとか。出勤前の貴重な時間に、わざわざギャラリートークに参加してアートの勉強をしているそうです。
数字や理論の追及で戦ってきたビジネマスンたちが、ギャラリートークにざわざわ参加して何を求めているのか?というところから本書は始まります。
直感力の優れたデザイナーに経営を相談
カナダの経営大学の教授、ヘンリー・ミンツバーグ(Prof. Dr. Henry Mintzberg)さんによれば、経営とは
・クラフト(地に足のついた経験や知識を元にした実行力)
・サイエンス(体系的な分析や評価を分析)
・アート(直感力、ワクワクするようなビジョンを作る)
の3つが混ざり合ったものだと説明しています。3つのバランスが取れていることが優れた経営だということです。
ところが、現在のビジネスではクラフトとサイエンスばかりが重視されていて、アートは重要視されてきませんでした。「なんとなくこれが美しいと思ったから」という理由で提案が、これまでの経験や分析、数字の理論に勝てないという例えがとてもわかりやすいですよね。
しかし、これまで皆が追及してきた「クラフト的な考え」と「サイエンス的な考え」の手法は一般化して、結局のところ他者との差別化が難しくなるというところを本書は指摘しています。もう論理や理論のスキルの限界、これだけは勝てない時代になってきているのです。
これだけ豊かになった世界では、「モノを買う」という行いはその物質自体を手に入れることだけではなく、自分の欲求を満たすための行為になってきています。そうなってくるとこれまでの理論や数字だけに軸足を置いていては、経営が行き詰まってしまうことになってしまう・・・ということです。
上述した、メトロポリタン美術館に来ていたビジネマスマンたちは、分析・論理・理性だけではなく、これからの経営のために「美意識」を鍛えているのです。
Appleの初代iMacやスティーブジョブズのことが、本書の例え話に多く書かれていますが、よく読んでみるとその通り「アート」を重視した経営だったんだなと納得できます。センスの良い人が生み出すものがセンスの良い会社になっていくということを裏付ける解りやすい事例が多く書かれています。
経営者が外部からアドバイスする仕事と聞けば、一般的にはコンサルかな?と思いますが、今では多くの企業経営者はコンサルではなくデザイナーやクリエイターを相談相手に起用しているそうです。
実際、ファーストリテイリング(ユニクロ)や良品計画、ソフトバンクが携帯電話事業に進出した際も、経営陣の相談相手はあの有名なアートディレクターだったのは有名な話です。
自分自身のアートの感覚「真・善・美」のモノサシを持つことが大切
美意識は普段の生活や、大きい決断や判断をくだす時もとても重要なことです。
世の中のシステムが急激に変化する時代になりました。そのシステムの変化にいつも適応するだけではなく、自分の価値観や美意識を持つことは非常に重要と著者は語ります。自分なりの「真・善・美」の感覚を研ぎ澄まし、それに照らし合わせて物事を判断することが必要な世の中になってきているのです。
先日、日産自動車のカルロスゴーン前会長が逮捕されました。彼の中の「真・善・美」は何だったのか、とても気になります。不正を前提にした儲け話や、得をする投資の話を周りの人に持ちかけられた時に、自分の「美意識」のモノサシが欠けていたのかもしれない、と思うと残念でなりません。
本書では90年代に、日本を震撼させた宗教団体による事件のことも例え話として引用しています。「昇進する」「利益を追及する」それもとても大切なことですが、それだけしか知らなかった人達、文学や教養を知らない人達、「美意識」が極端に欠如した人達があのような恐ろしい事件を引き起こしてしまったと説いています。
日本には美意識トレーニングに最適な資源がいっぱい!
本書では最後に、世界の経営を担う人達・エリート人達がどうやって美意識を鍛えているか?という問いが書かれています。
私たちにもオススメの美意識トレーニングは、
・文学を読む
・絵画にふれる
・詩を読む
などオススメの理由とともに、いろいろ紹介されていてとても参考になりますが、私は先日の「ビジネス茶道」の興奮冷めやらぬままなので(笑)、ぜひビジネスマンの皆様には美意識トレーングにお茶道をおすすめしたいと思います。なぜなら、お茶道には、確固たる世界観とストーリーがあるからです。
本書では、戦国時代の茶人千利休は世界最初のクリエティブディレクターだ、という考えが書かれています。千利休と信長、秀吉の関係は今日のビジネス社会に置き換えて考えてみても、美意識を扱った組織の良い見本になるということです。信長や秀吉が、側近だけで周りを固める他の武将とは違い、アート面を担うアドバイザーとして千利休を重んじたという点はとても重要で、意思決定のクオリティをとても高い水準に保っていたという見方をしています。
千利休は結局、秀吉に切腹を命じられてしまうという最期ですが、これも「アート」「サイエンス」「クラフト」のバランスがいかに大切だということを、私たちに教えてくれている気がします。どれか一つだけでも突き出ていたは、社会でうまくバランスが取れなくなるということを表しているのはないでしょうか。
少し話が逸れましたが、お茶道は「ストーリーや世界観」を持つ「美意識」の最たるもの。この二つの概念の形成には高い水準の美意識が必要です。「アート」の感覚を磨くために、ただ美しいものをコピーペーストするだけでは意味がありません。お茶道の世界観を通して、ぜひ自分だけの美意識をこれからも磨いていきたいと思います。
日本には美しいものがいっぱい。お茶道はもちろん、懐石料理のこと、日本庭園や神社仏閣の構造、仏像や日本美術に残されたものなどなど。目に見える資源、目に見えない資源を豊富に残してくれた先人たちに感謝してより豊かな未来を気づいていくことも、美意識を磨いてこれからのビジネスに活かすこととは別に私たちに課せられた使命なのかもしれませんね。
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