猫からも学ぶことがたくさんあるという話

もし道に迷ったら、一番いいのは猫についていくことだ。猫は道に迷わない。(by チャールズ・モンロー・シュルツ)

「人生はニャンとかなる!」。
数年前に購入した本ですが、久しぶりに読み返してみました。

あまり好きな言葉ではありませんが、近年の「猫ブーム」に乗っかった本なんだろうと、少し斜めに見ていたのですが、中身にはとても良い事が書かれており、教訓になる良いことがたくさん詰まったお気に入りの一冊です。
著者の水野敬也さんと長沼直樹さんは、本書以外にも、動物の写真と偉人の名言を組み合わせた書籍を出版しており、それ以外にも様々な企画や脚本を手がけている多彩なお二人です。

今日、この本読み直したきっかけは、今日我が家の猫のうちの1匹が不妊手術を終えて、1泊の入院から帰宅したからです。

ここで我が家の猫について、少し紹介させてください。

名前:ごるりん(本名 ミハイール・スィルギェーイェヴィチュ・ガルバチョーフ⇦政治家の方とは関係ありません)
あだ名:家主/毛/ムダ毛/水飲み野郎/鼻デカさん/山犬/モロ一族 など
性別:男 年齢:推定14歳
経歴:2004年頃、当時夫が勤務していた店舗前に突如現れ営業時間中の8時間鳴き続ける。根負けした夫が自宅に連れ帰りそのまま我が家の一員に。仕事で不在がちな夫に代わり、家を守る主となる。


名前:わさび
あだ名:ミニ毛/ぴよぴよ/ごわごわ/ちびっこ など
性別:女 年齢:推定8ヶ月
経歴:2018年6月15日、夫が帰宅途中、駐車場に停車している車の下で鳴いているところを保護。母猫を探したが見当たらずそのまま我が家の一員に。超暴れん坊将軍。特技は盗み食い。

不妊手術を施したのは、8ヶ月の子わさび。
我が家に来た時からとても怖がりの子でしたが、手術後病院に迎えに行っても怖がってしまい、家に連れて帰る前に少々時間を要しました。

こんなに怖い思いをさせて申し訳ないという気持ちと、これから末長く我が家で暮らしてもらうためにはしょうがない、という複雑な気持ちで寒空の中帰路についたのです。

猫は個々によって性格や好みも違うし、喉をゴロゴロ鳴らす体の部分が未だはっきりわかっていないように、掴みきれるようで掴みきれない生き物だと、一緒に生活していて感じます。しかし、食べたい時に食べて、寝たい時に寝る、好きな時に好きなことをする姿に、癒されるという感情と共に、ごく稀に、少し大げさな言い方ですが、生きる上で大切なことを教えてくれるような気がしています。

猫には「悲しい」という気持ちが無いと言われている

以前、Twitterで片目が不自由になってしまった猫の記事を見かけました。
不自由になった理由はわかりません。しかしその猫に「片目を失って悲しい」という感情はなく、毎日を好きなように自由に生きています。

「〜なったから不幸だ」「〜だから悲しい」という感情がないということ。私は時々、この感情を見習いたいと思うことがあります。

不妊治療したばかりのわさびは、部屋でしょんぼり悲しんでいるように見えますが、それは悲しいというわけではなく、ただ単に傷が痛む、住み慣れた家に帰ってきてほっとしているだけのようです。

人間の感情はもちろん素晴らしいですし、だからこそ私達はコミュニケーションを取ることができます。でも「お金がないから不幸」「あの人より劣っているから不幸」「うまくいかなかったから悲しい」という感情は、感じることは大切かもしれませんが、時々やるべきことの集中力を欠いたり、不幸、悲しいという気持ちに貴重な時間を取られてしまうのは、とてもナンセンスなことだと思うのです。

「お金がない」「人より劣っている」「うまくいかない」という事実は事実ですが、それに対して抱く感情「不幸」な気持ち、「悲しい」気持ちを長く持ち続けるのは本当にもったいないことです。
この感情がない猫に対して、私はつくづく人間とは試練の多い生き物だな、と思います。

余談ですが、テンプル・グランディンという大変優秀な動物学者の著書、「動物感覚」では、「ネコにフロイトはいらない」と語っています。
それは猫の感情は言葉ではなく映像が主な言葉だからと、さらに「自閉症の人間と動物の情動は似ている。どちらも羞恥心、罪悪感、決まり悪い、貪欲、妬み、という感情はない」と語っています。
テンプル・グランディンは生まれつきの自閉症だそうですが、この「羞恥心、罪悪感、決まり悪い、貪欲、妬み」という感情も、長く持つ感情ではない、できればすぐに手放した方がいい感情ではないかと感じています。

約5,000年も前から、猫は人間の大切なパートナーだった

約5,000前から、人は食料を守るためにネズミ狩りをしてくれる猫を大切なパートナーとしていました。しかし、それだけではなく人を癒したり、新しい発見に気づかせてくれたり、猫の持つ感情に学んだり、本当は色々な面で昔から「お世話になっていた」のかもしれません。

たまに朝起きると盗み食いの後があったり、先日は酉の市でいただいてきた熊手の稲穂を食べられたり、何かと驚かされることも多いですが、これからも猫二匹に末長くお世話になりたいと思っています。

追伸

先日、私がTwitterで3年ほどその様子を毎日拝見していた「灰色のボス」という猫が息を引き取りました。
この猫はオスの猫で、どうやら地域の皆様に可愛がられながら生きてきた地域猫のようでしたが、数年前からある方のご自宅に出入りするようになり、その様子がとても素敵な文章とともにほぼ毎日Twitterに投稿されていました。灰色のボスはご年齢に加え、病気も抱えていたようで、つい先日未明にその方の部屋をそっと出て行き、他の場所で静かに息を引き取ったと知りました。

きれいごとではなく、猫と人はこんなにも心を通わすことができることを、この投稿を通じて私はたくさん知る事ができました。男らしくて本当にかっこいい猫でした。(気になる方はTwitterで「灰色のボス」と検索してみてください。)

他の動物にも当てはまるかもしれませんが、猫には「死」という概念がないといいます。灰色のボスの死を悲しめるのは私達人間たちだけ。その感情があることには感謝したいと思います。

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